在宅医の泣き笑い診療録

宮崎県都城市の高齢者住居を抱えるクリニックで、理想の在宅医療を模索する新米在宅医の悲喜こもごも

焼酎ゼリー

高齢者向け住宅(森山ウエルライフ)の訪問診療。いろいろあってずっと食べられなかった患者さんの嚥下訓練が始まり、努力の甲斐あって、ゼリーくらいなら食べられるようになってきた。「何を食べたい?」と訊くと「焼酎を飲みたい」と。

 

ここ都城は、あの日本一の焼酎「黒霧島」の生産地。焼酎好きの都城の『いもがらぼくと』(男性のこと)は昔から美味しい焼酎を飲んでいたのだ。

 

施設の食事のすべてを賄い、こまかい要望に応え、いつも美味しい食事を提供してくれている『森山の料理番』に、なんとかしてやってくれ、と頼んでみた。シェフはしばらく思案した挙げ句に、塩味のやさしいトマトのジュレを添えた焼酎ゼリーをこの患者さんのために作ってきてくれた。口に入れると、ほんのり甘い焼酎の香りが口に広がる。トマトが後追いでやってきて、塩味をそえる。何かしゃれたつまみで、黒霧島をちょっとやっている気分になる。このシェフはいつもこちらの想像を超えたものを作ってくる。

 

シェフも同伴しての午後からの訪問で、患者さんに食べてもらう。頬の筋肉と口角が一気にゆるむ。「おいしい」と。一口、二口。軽くむせた。勢い余って急いだのか、胸からなにかこみあげてきたのか。目には涙がにじむ。

 

何年ぶりの焼酎の香りだろうか。

 

食べること。味わうこと。それを楽しむこと。共有して喜ぶこと。必要な栄養素を摂らせるでも、食べさせるでもなく、幸せを体にしみ込ませてくれたシェフの渾身の「焼酎ゼリー」。

 

僕も今夜は黒霧島で酔うとしよう。よい正月が来そうだ。